第一章 はじまり

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第一章「はじまり」 第8話「知らなかった気持ち」

(1971年・静森24歳) 編集部に春の風が入り込んだある日、山道から一枚の封筒を渡された。 「今度、結婚することになった」 そう言って、彼は少し照れたように笑った。 静森は笑顔で「おめでとうございます」と返した。ちゃんと声も出たし、表情も...
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第一章「はじまり」 第6話「肩書きより、名前で呼ばれたい」

(1969年・静森 22歳) 編集部の朝は、相変わらずバタついていた。締切前の週になると、デスクには未チェックの原稿が山のように積まれ、電話の鳴り止まない空間に誰もが少しだけピリついていた。 静森は今や「文字起こし担当の新人」ではなく、ひと...
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第一章「はじまり」 第5話「小さな声」

「これは、静森さんが選んでみて」 山道が差し出したのは、段ボールいっぱいの手紙だった。『くらしと文化』の読者投稿、主に地方のお便り。 「全部読むんですか?」 「目を通すだけでいい。言葉の“匂い”がしたら、抜き出して」 匂い──? その言葉に...
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第一章「はじまり」第4話「名前の途中」

入社して3日目、名刺の手配が始まった。 「印刷に回すから、名刺に載せる表記をメモしておいて」そう言われ、静森は小さなメモ用紙を受け取った。 「名前とふりがな、あと肩書き。“編集アシスタント”でいいね?」 「……はい」 そう答えながら、机に置...
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第一章「はじまり」第3話「名前を呼ばれた日」

雑誌編集部の初めての朝礼。小さな会議室に、編集部員5人と印刷所の担当が集まっていた。 「紹介します、新人の静森さん。今日からうちの編集アシスタントです」 編集長がそう言うと、全員が軽く会釈をした。でも、誰も言葉を交わさない。そういう空気だっ...
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第一章「はじまり」第2話「風が変わった日」

高校2年の秋、静森の家から父親の靴が消えた。それは突然だったようで、実際はずっと前から予兆があったのだろう。誰もそれを言葉にしなかっただけだ。 冷蔵庫に貼られていた家計簿。買ってもらえなかった参考書。母の背中が、急に小さく見えたあの夜。 そ...
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第一章「はじまり」第1話「制服を脱いだ日」

(1964年3月) 朝6時すぎ。まだ冬の名残が残る空気のなか、静森は制服の袖を最後に通した。 母とふたり暮らしの小さな家。玄関には、古びた靴と、きちんと磨かれた新しいローファーが並んでいた。彼女が選んだのは、そのどちらでもなかった。 押し入...