高校2年の秋、静森の家から父親の靴が消えた。
それは突然だったようで、実際はずっと前から予兆があったのだろう。
誰もそれを言葉にしなかっただけだ。
冷蔵庫に貼られていた家計簿。
買ってもらえなかった参考書。
母の背中が、急に小さく見えたあの夜。
それらすべてが“声にならなかった会話”だった。
担任の夢森は、その変化にすぐに気づいた。
教室では何も言わない。だが、ノートに書いた文の中にある「間」のようなものに敏感だった。
ある放課後、夢森は静森を呼び止めた。
ほかの生徒たちが笑いながら帰っていくなか、静かな階段にふたりの影だけが伸びた。
「最近、言葉が少し変わったね」
「……変ですか?」
「いや、変じゃない。静かだけど、深くなった。
目に見えないものを、もっと“聞こう”としてる感じがする」
静森は答えなかった。
ただ、少しだけ視線を落とした。
「家、なにかあった?」
その声は優しくて、無理にこじ開けるようなものではなかった。
でも、なぜか涙がこぼれた。
数日後、夢森が教室でくれたのは、一冊の雑誌だった。
装丁が地味で、図書館にあるような印象の冊子。
表紙には「くらしと文化」とだけ印字されていた。
「これ、知り合いがやってる雑誌なんだ。ちょっと地味だけどね」
「……はい」
「でも、ここに書いてる人たち、みんな“暮らしの中の声”を拾ってる。
そういうの、君に合ってると思って」
静森は雑誌を抱えるように受け取った。
ページをめくると、食卓の上の湯気について書かれた随筆が目に入った。
“言葉にできない記憶を、言葉にしようとしている文章”。
そんなふうに感じた。
その日から、静森は文章に“耳”をすますようになった。
読むときも、書くときも、まるで相手の呼吸を感じ取るように。
家では、母が短時間のパートに出始めた。
2人分の暮らしは質素だったが、夜だけは温かかった。
言葉は、必ずしも声でなければならないわけではない。
そう思えるようになっていた。
進路指導の面談のとき。
進学校だった静森のクラスでは、大学進学が“当然”とされていた。
進学希望の欄に「就職」とだけ書いたとき、進路担当の教員に呼び出された。
「君の成績なら、推薦もある。なぜ進学しない?」
「……お金の問題もありますし、早く働きたいです」
そう言いながら、どこか“夢を手放した”ような感覚に包まれていた。
だが、その夜。夢森が、ノートの切れ端をそっと渡してくれた。
君は夢を手放したわけじゃない。
君は、今の生活を守るために“夢を温めてる”んだ。
その言葉が、不思議と心の奥に火をつけた。
12月、夢森が編集部に連絡を取ってくれた。
面接は穏やかで、堅実な話ばかりだったが、編集長がひとことだけ静森にこう言った。
「夢森先生が言ってた。“この子は、言葉を聞ける子です”って」
“言葉を聞ける”。
そのフレーズが、その冬ずっと胸の奥に残っていた。
春。
父の靴は、玄関からも記憶からも消えていた。
でも、新しい“足音”が始まろうとしていた。
その音は、誰かの声ではなかった。
けれど、間違いなく静森自身の中に、確かに響いていた。

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